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ながら聴きに
音楽コンテンツの定額制配信サービスの普及にともない、ながら聴きすることが増えてきました。しかし、コンポ用のアンプの消費電力は10Wを超えるものが多く、つけっぱなしにすると月間180円(単価25円/kWhの場合)も発生します。
本稿では、アンプの出力を0.06Wに抑えつつ、迫力ある音質を楽しめるデスクトップ用オーディオ・アンプを簡単な回路で作成してみます。
製作するアンプの回路図
回路図を下図に示します。左側のオペアンプ(OPA)部にはキット品を使用し、出力部にトランスを付与して、スピーカをドライブします。
アンプ部に秋月キットAE-KIT45-HPAを使用
メインのオペアンプ部には秋月電子通商で販売されているNJM4580DD使用ヘッドホンアンプキットAE-KIT45-HPA(540円・執筆時点)を使用します。電源電圧は24Vを供給することで、音量を上げたときの音質を高めました。筆者が入手したキットに付属するコンデンサの耐圧は25Vでしたが、ロットによっては耐圧16V品の場合があります。この場合は、電源電圧を15Vにするか、コンデンサを25V品に変更してください。
抵抗器R3~R10は、交換しやすいようにピンソケット経由で実装しました。
安価なトランスAT403
日本製のトランスは、材料原価と人件費の高騰で値上げ傾向にあり、例えばSansui ST-32の場合、850円(執筆時点)です。そこで、秋月電子通商で販売されている安価なShaanxi Shinhom Enterprise製のトランスAT403-1(320円・執筆時点)を使用しました。中国製の部品は、多くの中国メーカ間で価格競争をしており、原材料のコストを下げるなどの企業努力によって、値上げ幅が抑えられます(為替の影響を除く)。Sansuiのような老舗トランス・メーカのような技術の蓄積は少ないかもしれませんが、初回の実験に使うには十分です。
電源には、24V 0.5A出力のACアダプタ(UNIFIVE製US312-2405)を使用しました。消費電流は数十mA程度なので、より低出力のものでも問題ないでしょう。
また、電圧を確認・表示する目的で一時的に小型電圧計を接続しました。24V以上の入力に対応した類似の電圧計やテスターなどで確認してください。
トランスの効果
本構成の場合、オペアンプのキット540円に対して、トランス320円×2=640円と、トランスの方が高価です。そこで、トランスの効果を簡易測定で確認してみました。
下図は、スピーカの代わりに負荷抵抗器8Ωを接続した時の1kHzの入力信号の出力波形(青色のグラフ)と周波通特性(緑色のグラフ)です。ボリュームは、出力(負荷抵抗器の両端電圧)が同じになるように調節しました。トランスなしの左図とトランスありの右図との比較で、2次高調波歪みを約30dB改善できました。また、他の周波数帯域のノイズ・レベルも20dBほど改善できました。
周波数特性についても、トランスを付与するとこで、30Hzで約3dB、400Hz以上で約1dBの平坦性を改善し、低域から高域までフラットな特性になりました(高音域で波打っている波形はFFTによるもの)。
十分な音量が出ることを確認する
以上の回路を、お手持ちの機器に接続して、一度、実環境で試聴してみてください。アンプ出力が低いので、感度の低いスピーカの場合は、十分な音量が得られない場合があります。大型スピーカのほうが感度が高い傾向がありますが、スピーカから離れて聞くことになるので、スピーカ出力が高いからといって、必ずしも実際に聞く場所での音圧が十分とは言えない場合があります。
下図は、筆者が視聴に使用したスピーカで得られる音圧の試算値です。50cmの距離で約78dBと、ながら聴きBGMに適した音圧が得られることが分かりました。
実際の環境で十分な音量と音質であることが確認出来たら、オペアンプとトランスをグレード・アップしてみると良いでしょう。
オーディオ・アンプとして作り直す
グレードアップした回路の一例を下図に示します。本図には、モノラル1ch分のみを示していますが、オペアンプMUSES 8820は2個入りなので、オペアンプ部以外の回路をもう一組、用意し、MUSES 8820の5~7番ピンに接続すれば、ステレオ・アンプになります。可変抵抗器は2連タイプのものを使用すると、両チャンネルの音量を同時に調節できます。
アンプの利得の設計方法
アンプの利得は、最大入力レベル×利得がオペアンプの最大出力電圧を超えないように設計します。
アンプの最大入力レベルは、本アンプに接続する出力機器によって異なり、CDプレーヤなどのデジタル機器は1V以上の場合が多く、FMチューナやカセットデッキなどのアナログ機器は0.5V程度であることが多いと思います。ここでは、筆者が保有するPC用USB デジタル・オーディオ・プロセッサSE-U55(オンキョー製)との接続を想定し、アンプの最大入力を1Vとしました。
アンプに接続する出力機器のオーディオ出力レベルの一例
機器名 | 機種名(一例) | 出力レベル |
CDプレーヤ | C-705TX | 2.0 VRMS |
MDレコーダ | MD-105TX | 2.0 VRMS |
FM/AMチューナ | T-405TX | 0.5 VRMS |
カセットデッキ | K-505TX | 0.5 VRMS |
USB DA プロセッサ | SE-U55 | 1.0 VRMS |
アンプの最大出力電圧は、電源電圧とオペアンプの仕様によって変化します。出力最大振幅が電源電圧を超えることは無いので、一般的なオーディオ用オペアンプの最大出力電圧は、電源電圧の1/3~1/4程度になります。電源電圧24Vの1/3(出力8VRMS)だと歪み率が悪くなり、1/4(出力6VRMS)だと得られる音量が2.5dB低下するトレードオフの関係があります。
アンプの利得の計算方法は、非反転増幅と、反転増幅で異なります。非反転増幅の秋月キットAE-KIT45-HPAの場合は、47kΩ÷10kΩ+1≒5.7倍(1V入力時5.7V出力)です。反転増幅のグレード・アップした回路では、68kΩ÷10kΩ≒6.8倍(1V入力時6.8V出力)です。非反転増幅では+1するのに対し反転増幅では+1が不要な点に違いがあります。
非反転増幅 | AV = RNFB ÷ RSHUNT + 1 | 47 kΩ ÷ 10 kΩ+1 ≒ 5.7 倍 |
反転増幅 | AV = RNFB ÷ RINPUT | 68 kΩ ÷ 10 kΩ ≒ 6.8 倍 |
非反転増幅は、その名の通り出力の位相が反転しない特徴があります。オペアンプによる電圧制御は、負帰還分の47kΩ÷10kΩ(AE-KIT45-HPAの場合)に加え、入力電圧分が加算されます。+1するのは、入力電圧分も制御電圧に加算するためです。秋月キットが非反転にしているのは、ヘッドホン端子の出力のGNDが共通のため、反転出力を配線で回避することが出来ないからです。
反転増幅は、出力の位相が反転します。電圧制御が負帰還分の68kΩ÷10kΩのみで行われるので、オペアンプ内の追従動作がシンプルです。スピーカに接続する場合は、配線を反転させれば位相を戻すことが出来ます。Sansui ST-32トランスは対角の端子が同相出力となるので、前記グレードアップしたアンプの回路図のとおり、出力の+と-を入れ替えました(データシートならびに実測で確認)。
AT403-1のほうは、筆者は音量が確認できればよかったので、少ししか比較していませんが、Sansui ST-32トランスに比べて控えめで、歪み率が悪化したような濁った音となり、迫力に欠けるような印象を受けました(音圧以外は先入観を含む筆者主観)。また、データシート上は位相がSansuiと逆になっているようなのですが、ステレオの片方をSansui ST-32トランスに接続してみたところ、Sansuiと同じ位相のような聞こえかたでした。データシートの誤りか、筆者の勘違い、聴き違いだと思いますが未確認です。
可変抵抗器のAカーブ・Bカーブ
可変抵抗器には、ボリューム位置と抵抗値との特性の違いでAカーブやBカーブといった分類があります。一般的にオーディオ用はAカーブと言われています。しかし、低出力アンプにはBカーブのほうが適している場合もあります。
下図は、5種類の可変抵抗器のボリューム位置と減衰量の試算例です。抵抗値は、アルプス・アルパイン社(旧アルプス電気)のデータシート(図中の参考文献)を使用しました。
アンプの出力が低い場合は、あまり大きな減衰量を必要としないので、末尾にBのついたBカーブの可変抵抗が良いでしょう。
by bokunimo.net