目次
概要
バックロードホーン式スピーカーは、スピーカーユニットの背面から放出される音波を、ホーンを通して前面から放出するように設計されています。大型の高級スピーカーなどで使われており、音色に独特な味わいがあります(主観)。
また、ONTOMO エンクロージュアは、書店に流通させるために約A4サイズ※なので、本棚にピッタリの大きさです。
※約A4サイズ:
本機:W101 × H291 × D196 mm
A4用紙: H297 × D210 mm
豊かな低音増強
スピーカーユニットの背面から放出される反転位相の音波は、経路差λ/2のホーンを通過することで、前面から放射する音波と同相になり、主に低音が増強されます(下図)。
ONTOMO エンクロージュア
本稿では、ONTOMO MOOK 「2016年版 スピーカー工作の基本&実例集」 の付録 「エンクロージュア・キット/8cm対応バックロードホーン型」を用います。品切れになっていますが、出版元の販売サイト ONTOMO Shop で付録のみを購入することが出来ました。
スピーカー工作の基本&実例集2016年版
下図は、もとの出版物(スピーカユニットは別売)です。執筆時点で品切れ中でした。
Amazon(品切れ中):https://www.amazon.co.jp/dp/4276962579/
エンクロージュア・キット
筆者は、出版元の販売サイト ONTOMO Shop にてエンクロージュア・キット(付録のみ)を購入しました。書籍は付属していませんが、組み立て説明書が付属していました。対応スピーカーユニットは、フォステクス製 OMF800P、M800、PW80 です。
ONTOMO Shop (スピーカユニットM800付属):
https://ontomo-shop.com/?pid=120241077
ONTOMO Shop (スピーカーユニット別売り):
https://ontomo-shop.com/?pid=118527974
製作方法
書籍またはキットに付属の説明書にしたがって製作します。筆者は仕上げに 木彫柄のリメイクシートを使用しました。
ホーン開口部のリメイクシート
ホーン開口部については、組み立て後だとシートを貼りにくいので、組み立て前にシートを貼っておきます。下図はホーン開口部の底面の木材です。組み立て後に前面となる部分(写真・左側)については、シートが剥がれないように木工用ボンドでしっかりと接着しました。
ホーン開口部の内側・側面部についても、組み立て前に木彫柄のリメイクシートを接着しました。下図はシート接着後、エンクロージャ組み立て中の様子です。
エンクロージャ組み立て
書籍または説明書の手順にしたがって、各木材パーツを木工用ボンドで接着して組み立てます。リメイクシートを貼る場合は、表面が汚れてもかまわないので、ボンドが乾くまでセロテープでパーツを固定する方法が便利です。
接着面に速乾タイプの木工用ボンドを塗り、木材パーツ同士を貼り合わせ、F字クランプ(ハタガネ)で圧力をかけた状態で、セロテープで仮固定し、2~3分ほど待ってからF字クランプを外します。2~3分だとボンドは固まりませんが、セロテープで形状を維持しつつ、圧力をかけ続けることが出来るので、F字クランプ1本で次のパーツの組み立てに移れます。
スピーカー端子とケーブルは、2枚目の側面板を取り付けるよりも前に取り付けます。
組み立て時の注意点は、前面や天面の接着部の段差です。わずか0.1mm程度の段差であってもリメイクシートでは隠せません。接着後10分以内~30分以内であれば、F字クランプで補正できるので、補正しながら組み上げると段差なく仕上げれます。
全ての木材の貼り付けが終わったら、組み立て精度を上げたい前面にF字クランプを取り付けて、完全に乾燥させます。
筆者は、前面に2本のF字クランプを取り付けた状態で、丸1日、乾燥させました。
リメイクシートを貼らない場合は、F字クランプなどで木材が汚れないように、テープや紙などで養生しておくと良いでしょう。
リメイクシート貼り
翌日、ボンドが完全に乾いたら、セロテープを丁寧に剥がしてから、リメイクシートを貼ります。
筆者は、シートの長手方向がエンクロージャの両側面と前面を一続きとなるように貼りました。これにより、シートのつなぎ目の処理を減らすことができます。
下図の左側がシート無し、右側がシートありです。
なお、どのように貼っても、見える5辺のうち、1~2辺の木目が合わなくなり、不自然になります。筆者は、側面と天面との2辺を犠牲にしました。
製作時は、本ブログ末尾の注意事項もご覧ください。
試聴してみる
まずは慣らし運転をかねて、Amazon Music の Pop Culture を再生してみました。
試聴時は、似たスピーカと切り替えながら比較することで、良し悪しが分かりやすくなります。今回は、ONTOMO 2020年度版と比較しました。
製作品はバックロードホーン型なので、床に置いた状態で使用します。しかし、最初の印象は良くありませんでした。ムック表紙の「驚異的な低音」は言い過ぎです。耳障りな中音域が目立ち、相対的に低音や高音が聞こえにくい気がしました。容積が半分程度の ONTOMO 2020年度版と比べても、聞きあたり、迫力、解像度など全体的に劣っていると思ったのが第1印象です。
そこで、中音域を改善するために、腕立て伏せのような格好で耳の高さをスピーカに合わせてみると、高音と低音の両方が豊かになりました。中音域が耳障りな点は変わりませんでした。
ところが Amazon Music から Miley Cyrus の楽曲 Flowers が流れると、状況が一転し、何十万円もする高級スピーカのような音色が聞こえ始めます。ボーカルの発音は、まるでスピーカが歌っているかのように明瞭で、ボーカル音の伸びは、まるで目の前に本人が居るかのうように響きます。耳の高さを変えても、スピーカから離れても変わりません。サビに入っても、控えめな伴奏と、やや周波数の高いリズム音が心地よく聞こえました。
そうです。これは「声だけ(主旋律だけ)高級スピーカ」「声以外は玩具スピーカ」だったのです(筆者個人の主観)。対策方法は、後述します。
周波数特性
次に定量的に確認してみます。簡易測定による周波数特性(の目安)は、印象の悪さを説明するかのような結果になりました。
上図では、350Hz、700Hz、1.4kHzに、位相の打ち消し合いが発生し、再生周波数帯域中の最大音圧と最小音圧の差が20dB以上あることが分かります。位相の打ち消し合いは、バックロードホーンによる経路差がλの整数倍に一致した時に発生します。
低音については、床面の固有振動とみられる70Hzの共振が見られました。腕立て伏せ状態で低音が体感できたのは、床面からの低音を体全体で受けていたためだと思います。
高音や解像度が劣っていた点については、3kHz~8kHzの落ち込みが主な原因だと思います。また、6kHzから12kHzの区間で、直線的に13dBも上昇しており、本来の音色の再現性に影響を受けている可能性が考えられます。
オーディオアンプ
使用したスピーカの定格は5W(8Ω)ですが、本稿では、下記で作成した D級オーディオ・アンプを24V駆動し、約30Wx2ch 出力で試聴しました。楽曲のピークなどでアンプが歪むと、スピーカの特性を正しく分かりにくいと考えたからです。
実際に、小音量の時と、大きめの音量(平均0.1W程度)の時の音質を比較しても、音の傾向は変わらず、スピーカユニットそのものの歪み特性には問題がなさそうであることが分かりました。
音域バランス調整による改善
ここで中音域のバックロード量を減らしつつ、低音域を増強して音域のバランスを改善する方法について説明します。バックロード量を減らすのは簡単です。ミュートと呼ばれる障害物を開口部に設置すれば、減衰します(下図・中央)。さらに、ミュートに隙間を開けてバスレフ構造にすると、ホーン内で低音が共振し、低音の増強が図れます(下図・右)。
ミュート兼バスレフ穴は、下図のようにスポンジに蓋となる板をボンドで貼って製作しました。蓋板はエンクロージャに固定せずにパッシブラジエータとしても作用するようにしてみました。
製作したミュート兼バスレフ穴をバックロードホーンの開口部に取り付ければ完成です。
製作したミュート兼バスレフ穴の有無による周波数特性の違いを下図に示します。最大音圧と最小音圧の差を5dB低減し、低音の再生範囲を90Hzから80Hzに拡大しました。
対策後は、耳障り、った中音域に改善があり、低音も豊かになりました。しかも、バックロードホーン特有の音色は、変わりませんでした。「声以外は玩具スピーカ」が「声以外も、少しは聴けるスピーカ」に昇格しました(筆者個人の主観)。
小型バックロードホーン向けの楽曲
前述の通り、実質、声や主旋律となる高音の楽器を聴くためのスピーカです。改造によって低音も出るようになったとはいえ、楽器が増えると耳障りな音になります(個人的な主観)。
そこで、実際に試聴し、聴き心地の良かった楽曲を紹介します。リードが鮮明で高域の曲で、かつ楽器の数が少ないもしくは伴奏が控えめな楽曲が適しているように思います。
Janie – Petite blonde
前述の Flowers を聴いたときに、真っ先に思いついたのが、この曲です。ささやき声から透き通るような高い声への変化と、耳当たりの良いフランス語、メロディーのすべてが美しく、しかも控えめな伴奏にはしっかりとした低音も入っています。
Janie – Petite blonde (YouTube):
https://www.youtube.com/watch?v=qxGMpWw6GhA
Sinéad O’Connor – Nothing Compares 2 U
1990年にリリースされた曲です。本スピーカの評価中に訃報を知り、追悼のつもりで繰り返し聴きました。ボーカルの声の少し濁った低音から鮮明な高音との往来を、スピーカが強調しているように感じました。曲の中の花は枯れてしまいましたが、この楽曲は、今もこれからも咲き続けるでしょう。
Sinéad O’Connor – Nothing Compares 2 U (YouTube):
https://www.youtube.com/watch?v=0-EF60neguk
AMSTERDAM TRANCE
静かな曲だけではありません。インターネット・ラジオ局 1.fm による Trance 曲のチャンネルもお奨めです。バックロードホーンは、位相変化が周波数によって異なるので、Trance 曲の聴き心地も変化します。スピーカが物理的なエフェクタの役割を果たすのだと思います。
AMSTERDAM TRANCE:
https://www.1.fm/station/atr
J.S.Bach – 管弦楽組曲 第2番 ロ短調 BWV1067からVII. Badinerie:
真空管アンプの試作で紹介した派手な楽曲です。スピーカがフルートになったようなリアル感がありました(主観)。
J.S.Bach – Badinerie:
https://youtu.be/4ufehp7gULA,Kl6R4Ui9blc,x04g3gzH7HA
アナログソースや非HDソースも高音質
アナログソースやハイレゾではない標準音質、MP3圧縮されたソースであっても、音声や主旋律の楽器が美しく聞こえました(筆者主観・以下同様)。
Amazon Music のハイレゾではない標準音質で Taylor Swift の Speak Now – Taylor’s Version を再生してみました。Last Kiss や Dear John 、Innocent が 本スピーカに合った曲でした。
また、同じアーチストの別のアルバムをカセットテープに録音して聞いてみましたが、他の比較対象のスピーカに比べて劣化が少なく感じられました(ワウフラッタを除く)。
他の小型スピーカ
バックロードホーン型ではありませんが、TANNOY CPA-5 は、ボーカル音や高音の楽器の音色が美しく聞こえる安価なスピーカの一つでした(販売終了品)。ウーファーの中央にツイータが埋め込まれた 2ウェイスピーカ方式で、ウーファーの大きさは、ブックシェルフ型で一般的な5インチ(約12cm)でした。
実は、この CPA-5 も多くの楽器が混ざると解像度が得られなくなる傾向が感じられます。今回の小型バックロードホーンと似た傾向がありました。
CPA-5 の後継となる現行品は GOLD 5 です。しかし、執筆時点では定価よりも高く売られていますし、もともと高価です。CPA-5 と比較したことはありません。
バックロードホーン型の小型スピーカとしては、 Tannoy Autograph Mini GR という商品があります。
Tannoy GOLD 5(1本) | Autograph Mini GR(2本) |
どちらも小型スピーカとしては、かなり高額です。また、小型スピーカで同社の大型スピーカの音は原理的に出ません。
こうやって比べてみると、ONTOMO MOOK 2016年版 エンクロージュアの金額的な魅力も感じられると思います。
おわりに(総評・主観)
本稿では、小型のバックロードホーン型スピーカを製作し、その特性の評価、特性の改善方法について説明しました。
本品は、通常のスピーカーとの違いを楽しむのに良い商品だと思います。どちらかといえば、メイン用ではなく、違った音色を楽しみたいときのサブ用に使うのが良さそうです。
今回の実験では、バックロードホーンの独特な音色を手軽に楽しめ、調整も可能であることが分かりました。具体的には、小音量から大音量(平均0.1W程度)まで音の傾向は変わらず、また音声や主旋律となるやや高めの楽器の音色については、試聴ポジションやソースに関わらず、聴き心地の良い音を出力してくれるスピーカでした。
ただし、小型ゆえにバックロード長が不十分なので、通常のバックロードホーンスピーカーのような低音は出ません。また、楽曲によって向き不向きがある点を考えると、サブ用に向いていると思いました。
例えば、普段の音楽再生のメイン用には、小型にも関わらず一般的なスピーカ音が楽しめる ONTOMO 2020年度版(おそらく、ONTOMO 2022年度版も同様)を使用し、長時間の試聴で耳が疲れた時や、違った音が聞きたくなった時に本製作品を使用すると、本スピーカの良さを、一層、深く感じることができるでしょう。
注意事項:
- ONTOMO MOOK や ONTOMO エンクロージュア の用語や画像は音楽之友社の商品を紹介する目的で使用しています。当方は同社の関係者ではありません。
- MDFは、(一般的な木材に比べて)切断や研磨などによる粉塵が細かい点や、接着剤が含まれている点などから、接着以外の加工を行う場合は、熟知した専門家に相談することを推奨します。リメイクシートは、使用時の粉塵発生を抑制することもできると思います。
- MDFにセロテープを貼ってから、1日後に無理に剥がそうとすると、MDFの表面の木粉が、わずかに剥がれることがあります。粉塵が発生することもあるので、丁寧に剥がしてください。
- リメイクシートは、家庭日用品・生活雑貨の企画・製造・販売を手掛ける 株式会社 小久保工業所 https://kokubo.co.jp の登録商標です。
- リメイクシートは波打たないように丁寧に貼り付けます。筆者は軽くドライヤーをあてて、接着強度を増しつつ木材と一体化することで見た目良く仕上げています。しかし、熱に弱い素材であることや、発火の恐れがあること、接着剤の気化による中毒事故の発生が考えられるので推奨しません。実施する場合は、熟知した専門家に相談ください。熱伸縮によって仕上げ面が波打つこともあります。
- セロテープは、ニチバン株式会社の登録商標です。
- 紹介した楽曲の権利については、それぞれの配信者や権利者に確認してください。
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