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第3章 真空管アンプの音色
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動作確認結果
下図はNutubeの入出力をオシロスコープで確認した時の様子です。電圧増幅度Av=6.3が得られました。設計時の7.9よりも20%も低い値です。Nutubeの製造ばらつきや、僅かながらFETに流れ込む電流が影響しているものと思います。
このときの電力出力(W)は電圧の二乗を負荷抵抗で除算すると得られます。6Ωのスピーカを接続した場合、トランスの入力インピーダンスは900Ωになるので、約0.06Wの出力となります。
0.1Wでも大音量が出せるが歪みも大きい
0.1W出力のアンプに出力音圧84dB/W/mのスピーカを接続し、50cmの位置で試聴した時の音圧レベルは81dBになります。適音を70dB、大音量を80dBとすると、大音量に迫る音圧です。
ところが、このアンプは歪み音を発します。下図は、特性のイメージ図です。左側が製作したアンプ、右側がコンポ用アンプの一例です。製作したアンプでは、小音量60dB~適音70dBあたりで適度な歪み音が可聴範囲に入っていることが分かります。これが、真空管独特の暖かみのある音色(一般的な主観的な表現)を創り出す要因の一つと言われています。また、出力75dBあたりから急に歪みが増えます。この急に増える歪み成分は耳障りな音になります。
下図のグラフの青色は1kHzを入力した時のスペクトラム波形です(簡易測定につき本機の性能を示すものではない)。2倍の周波数2kHzの出力が歪み率1.6%で発生していることが分かります。この成分が真空管特有の成分の一つと言われています。なお、60Hz付近はAC電源コンセントからの電磁ノイズ、600Hz付近の出力はPCのファン音です。
グラフ中の緑色は周波数特性です。20kHzまでのスイープ信号で確認しました。10kHz以上の高域で音圧が数dB~5dBほど下がるものの、試験信号が途絶える20kHzまでしっかりと伸びていることが分かります。
ひずみ率を改善する
FETによるインピーダンス変換時の歪み率の悪化を抑えるには、オペアンプを使用します。下図はFETを、オーディオ用オペアンプMUSES8920に置き換えた実装例です。FET同様、ボルテージフォロワで動かし、最終段はトランスでインピーダンス変換しました。電源電圧はオペアンプに合わせて33Vに下げました。
なお、すでに実装した部品を外すには、実装する以上の時間がかかるので、上図の例ではICソケットを実装しました。下図のようにFETを小型の基板に実装すれば、部品を差し替えるだけでオペアンプの音色との比較が出来ます(電源電圧の変更を除く)。
オペアンプMUSES8920を使用した場合の製作方法(回路図、設計情報、基板レイアウト例)は、OPA版(2022/9/10)の記事をご覧ください。
このアンプの楽しみ方
デスクトップ・オーディオとしてBGMを真空管の音色で楽しむのに適しています。また、小さな音量で(音量を上げなくても)、真空管独特の心地よい音色が楽しめる(筆者主観)ので、夜間に音楽を楽しむのも良いでしょう。
音楽のジャンルが大きく制限されることは無くなりました。前回の製作品と同様に、終始にわたってリズムが一定している曲、少し早めのテンポの曲が有利なことに変わりありませんが、バラード曲も良く響くようになりました(主観)。
筆者は、YOASOBIのベスト・アルバム THE BOOKとTHE BOOK 2、E-SIDEと、Cocomiのデビューアルバム de l’amour をAmazon Music HDで試聴してみました(感想は後述)。
Amazon Music HD
Amazon Music HDは、以前はAmazon Music Unlimitedの有料オプション・サービスでしたが、現在(執筆時点)は追加料金なしで提供されている高品位な音楽配信サービスです。Amazon Music Unlimitedの月額だけで高音質な音楽を楽しむことが出来ます。最も高音質なULTRA HDは、パソコンやスマホのAmzon Musicアプリで再生できます。デバイスによってはHDまでしか対応していません。とはいえ、ULTRA HDとHDの音質の差を聞き比べてみましたが、筆者には分かりませんでした。
試聴の感想(筆者主観)
はじめに、YOASOBIの楽曲を視聴した感想について記します。
楽曲「Epilogue [HD]」
レコードの埃と環境雑音が、まるで音楽の一部のように美しく聞こえました。例えば、「奏でる」という言葉が似あうような雑音です。
楽曲「アンコール [HD]」と「Encore [ULTRA HD]」(YOASOBI)
ボーカルの一音一音の声が目の前に現れたかのような現実感がありました。ただ、通常のアンプで聞くよりも粗も際立って聞こえ、どちらかといえば、このアーチストのファンに向いた聞き方だと思います。
「夜に駆ける [HD]」と「Into The Night [ULTRA HD]」(YOASOBI)
この真空管アンプに向いた楽曲でした。前述のリズム、テンポの他にも、女性ボーカルの音声パートが、はじめから真空管を通したような音で収録されているからです。また、通常のアンプで再生するよりも丁寧にゆったりと歌っているように感じました。
「三原色 [ULTRA HD]」と「RGB [ULTRA HD]」(YOASOBI)
このアルバムの中で最もこのアンプに向いた楽曲だと思いました。通常のアンプよりも迫力があり、音楽に圧倒されて入り込んでしまうような感じがしました。
THE BOOK – YOASOBI
https://www.amazon.co.jp/music/player/albums/B08P6QMJ9D
E-SIDE – YOASOBI
https://www.amazon.co.jp/music/player/albums/B09JQGNCFH
出力が低いブレッドボード版で試聴した楽曲(Message In A Bottle – Taylor Swiftと、管弦楽組曲 第2番 ロ短調 BWV1067からVII. Badinerie – J.S.Bach)も、出力が上がったことで、より細かな音まで聞こえるようになり、解像度が増しました。
前回のブレッドボード版の試聴記事:
https://bokunimo.net/blog/information/2049/3/
次に、アンプの出力が2倍に上がったので、前回のBadinerie の古典的なフルートに続き、現在のフルートをCocomiさんの演奏で楽しんでみました。
de l’amour – Cocomi (2022年4月29日発売・デビューアルバム)
https://www.amazon.co.jp/music/player/albums/B09XGMTFFF
この楽曲については、0.06Wの出力では少し物足りなさがあることが否めません。とはいえ、静かな部屋であれば、繊細な表現まで感じることが出来ました。
また、ディスプレイつきのAmazon Echoにジャケットを表示すると、初めのうちは、ご両親の顔が浮かんできて、さまざまな先入観が試聴の邪魔をしました。しばらく聴いていると、演奏に集中できるようになり、丁寧かつ情緒あふれる美しい演奏に魅かれ始めます。技術と容姿だけでなく、演奏もとても魅力的で、将来が楽しみです。
使用したスピーカ YAMAHA製 NS-BP200:
https://amzn.to/3CWeZFj
https://jp.yamaha.com/products/audio_visual/speaker_systems/ns-bp200_piano_black__j/index.html
科学的な主観
ここに記載したアンプの音色や印象の多くは我々の聴覚の錯覚です。それでも料理にスパイスを加えると美味しく感じるのと同様に、錯覚の音色が同じように再現できることは、例え原理が明確でなくても、科学や技術による再現であることに変わりません。
科学的に主観を評価する場合は、普段お使いの機器と聞き比べて、違いを確認します。自分だけの主観であっても、自分に対して再現できれば、それは科学的・技術的な主観となります。ぜひ、実際に比較試聴して、好みの味を探してみてください。
真空管の音色が美しくいと感じたり、解像度が高く感じる現象を強いて説明するのであれば、真空管の歪み成分が作用している可能性が高いでしょう。映像でエッジ協調すると高解像度に感じるのと似ているのかもしれません。さらに高音の低下が耳障りな音を抑制する効果もあるでしょう。トランスはインピーダンスを複雑化させます。こういった本来であればマイナスの効果になりかねない調味料が適量に加えられ、独特の味付けで仕上がるのだと考えられます。
真空管なのに消費電力が小さい
他に嬉しかった点は、消費電力が0.6W程度と低いことです。つけっぱなしにしていても、電気代を気にせずに楽しめます。ただし、発火などの事故のリスクがあるので、十分な対策が必要です。
ご注意
通常の電子工作よりも高い電圧を使用しているので、事故のリスクが高まります。回路の発熱や、部品の破裂、溶解、短絡のほか、手で触れたときに電流を感じることもあります。また、製作品の故障によりACアダプタが不安全になることも考えられます。
このため、通電中は回路に触らないようにするとともに、例え製作品やACアダプタが発火しても燃え広がらないように十分な対策を講じてください。本ブログの情報に重大な誤りや落ち度があったとしても、当方は、一切、責任を負いません。
Tips 1 音量調整用ボリューム
一般的に、オーディオ用のボリュームにはAカーブ品と呼ばれる対数に応じて変化する可変抵抗器を使用します。筆者もAカーブ品を使用しましたが、出力の小さなアンプでは通常のBカーブ品のほうが、実際に聞く音量の調整がきめ細かに出来ることに後から気づきました。新たに製作するのであれば、Bカーブ品を使った方が良いでしょう。
下図は可変抵抗器(アルプスアルパイン(旧アルプス電気)製)を使った減衰量の試算例です。アンプの入力インピーダンスは33kΩ(Nutube用バイアス抵抗)としました。頻繁に調整する範囲が、0.1Wアンプ用と100Wアンプ用では30dBの違いがあり、0.1W用にはBカーブ、100Wアンプ用にはAカーブが使いやすいことが分かります。
Tips 2 Instagram
先月(2022年7月16日)からインスタをはじめました。
Nutubeに関連した写真を4枚(本ブログ執筆時点)、掲載しています。
https://www.instagram.com/bokunimo/
Tips 3 オペアンプ版との比較
もちろん、オペアンプ版の方が高音質です。しかし、どちらが良い音なのかは環境やスピーカ、楽曲、好みなどで異なります。FET版、オペアンプ版のどちらも、実際の真空管アンプではありませんが、真空管アンプに近いのはFET版でした(筆者主観)。オペアンプ版も低音やリズム音は心地よい音を出しますが、高域や連続音は通常のアンプに近づきます。一方、音量を上げても耳障りな歪み音が聞こえなくなった点は、アンプの基本性能として確実に向上していました。
まだ真空管アンプを持っていない人には、真空管の音色を楽しめるFET版がお勧めです。一方、すでに真空管アンプなど複数の種類のアンプを持っている人には、オペアンプ版がお勧めです。FET版よりも適切な音質で、他のアンプとの違いを楽しめるからです。
オペアンプ版の製作方法についても、そのうち紹介します。
参考文献
KORG Nutubeサイト:
https://www.korgnutube.com/
DCDCコンバータNJM2360アプリケーションノート:
http://www.kyohritsu.jp/eclib/OTHER/DATASHEET/JRC/njm2360app.pdf
by bokunimo.net
「KORG Nutube と Sansui トランスで作る真空管オーディオ・アンプ (FET版)」への2件の返信
[…] 前回の製作品(リンク)を改造したので、前回と今回の比較を直接行うとは出来ませんが、共通のリファレンス機と比較試聴した結果を以下に記します。 […]
[…] 前回のブログ記事:https://bokunimo.net/blog/information/2150/ […]