目次
おさらい
WBGTは単位が℃の直感的に分かりやすい暑さ指数です。
前回のその1:温湿度センサでは、WBGTの概要と、疑似WBGT をラズベリーパイで測定する方法について紹介しました。ソフトウェアは「日常生活における熱中症予防指針 Ver.3 確定版」の簡易WBGT換算表を改良したものでした。
日常生活における熱中症予防指針 Ver.4
日本生気象学会は、2022年5月に「日常生活における熱中症予防指針 」を Ver.4 に改訂しました。その際、WBGT簡易推定用の換算表も改定されました。
改定内容
改定された換算表について確認してみましょう。下図の左側が指針Ver.3 確定版の換算表、右側が改定後の Ver.4 です。Ver.4では、赤色の危険領域の面積が Ver.3 よりも減っています。
下図は、上表の一部のグラフです。青マーカーは指針Ver.3、赤マーカーが改定後のVer.4です。4枚の違いは湿度です。左上から順に湿度40%、60%、80%、100%です。横軸は室温、縦軸が WBGT です。
このグラフからも、改定後のVer.4のほうが、WGBT値が下がることが分かります。
指針Ver.4 では暑さ指数が下がった
前述のとおり、改定後の指針Ver.4 のほうが、 WBGT が小さくなっています。一見すると、同じ条件下で暑くない方向、すなわち警告が減る方向のように見えます。しかし、実際には条件が違います。
指針Ver.3 までは、室内と屋外、日射の有無、風速についての条件が書かれてはいるが明確には示されておらず、一定の条件として、換算表に含まれていました。一方、Ver.4 では、室内、日射なし、風速0.2 m/sの条件が付与されました。Ver.3 以前では、条件の違いによって過小評価し、熱中症のリスクを見落とす懸念があったからです。
指針Ver.3 から Ver.4 に置き換えると危険
以上の説明から理解できると思いますが、念のために以下にまとめます。
バージョン | 換算式に含まれていた条件 | リスクに対する加味 (マージン) |
指針Ver.3 | 明確に定めず | WBGT値が高め |
指針Ver.4 | 室内、日射なし、風速0.2 m/s | なし |
指針Ver.3 では、高めの WBGT が得られるようにして、リスクを加味していたようです。しかし、条件が明確でなかったことによって、条件の違いに対するリスクを見落とす懸念がありました。
そこでVer.4 では、Ver.3で加味していた不明確なマージンを取り去ったようです。下図の一例では、2℃も下がっています。
他に、Ver.3 との違いとして「室内」が強調されました。加味していたマージンが無くなったことに対する配慮でしょう。
指針Ver.4 を使うときの注意点
どの場合も、十分な検証が必要なことには変わりありません。
とくにVer.4 の場合は、マージンが無くなったことで、より十分な検証と、多めのマージンを確保する必要があるでしょう(考察参照)。
WBGT 換算式 Ver.4
ここで、Ver.4の換算表から換算式を作成してみました。作成方法はVer.3 のときと同じです(詳細はこちら)。
温度Ta(℃)、湿度RH(%)としたときに、疑似 WBGT を算出する式は以下のようになりました。
# WBGT 換算式 Ver.4 ※20℃以下には非対応(対応版は後述)
WBGTv4 = 0.724*Ta + 0.0342*RH + 0.00277*Ta*RH – 3.007
MIT LICENSE
下図は、水平面に温度Ta(℃)、湿度RH(%)、垂直方向に疑似 WBGT 値を示すグラフです。
WBGT 換算式 Ver.4 wide
次に、Ver.4 の換算表と「日本生気象学会雑誌 50(4):147-157, 2014 通常観測気象要素を用いたWBGTの推定」を利用し、室温0℃~40℃に対応した疑似 WBGT 換算式を作成しました。
# WBGT 換算式 Ver.4 wide ※室温0℃~40℃に対応
WBGTv4wide = 0.754 *Ta + 0.0382*RH + 0.00264*Ta*RH – 3.965
MIT LICENSE
各換算式の係数比較
作成してみたところ、 Ver.4 wideは前述の文献の推定式に近い係数になることが分かりました。指針 Ver.4 の換算表が当該文献の推定式を使用して製作した可能性も考えられます。
それぞれの係数を下表にまとめました。
Ver.3 20~40℃ | Ver.3 wide 0~40℃ | Ver.4 20~40℃ | Ver.4 wide 0~40℃ | 参考文献 0~40℃ |
0.687 | 0.725 | 0.724 | 0.754 | 0.735 |
0.0360 | 0.0368 | 0.0342 | 0.0382 | 0.0374 |
0.00367 | 0.00364 | 0.00277 | 0.00264 | 0.00292 |
-2.062 | -3.246 | -3.007 | -3.965 | -4.064 |
Bash で計算
Bash の bcコマンドを使って計算する一例です。上から順に、Ver.3、Ver.3 wide、Ver.4、Ver.4 wide 用です。
$ Ta=27 RH=60 # Ta:室温(℃) RH:湿度(%)
$ echo "0.687 * $Ta + 0.0360 * $RH + 0.00367 * $Ta * $RH - 2.062"|bc
$ echo "0.725 * $Ta + 0.0368 * $RH + 0.00364 * $Ta * $RH - 3.246"|bc
$ echo "0.724 * $Ta + 0.0342 * $RH + 0.00277 * $Ta * $RH - 3.007"|bc
$ echo "0.754 * $Ta + 0.0382 * $RH + 0.00264 * $Ta * $RH - 3.965"|bc
簡易型 WBGT 測定器
指針Ver.4では、簡易型 WBGT 測定器として、エー・アンド・デイが販売する安価な機器が紹介されていました(下図・右③)。黒球なしの記載のとおり、疑似 WBGT 値です。
考察
では、こういった簡易型測定器やラズベリーパイを使った疑似 WBGT には、どの換算表や係数を使用すればよいのでしょう。
基本的な考えとしては、指針 Ver.4 の換算表を使い、実際の環境で十分な評価を行い、必要に応じて疑似 WBGT 値を補正して使用します。ここで、警告閾値を変化させる方法も考えられますが、それだと簡易型ではない WBGT 計測との整合がとれなくなるので、疑似 WBGT 値を補正する方が良いでしょう。
補正方法としては、環境条件が示されている Ver.4 の換算表から、環境の相違点に着目して補正するのが合理的でしょう。
本ブログでは、引き続き、その1で予告していた以下の検討を進める予定です。
- 照度計を考慮した WBGT 算出式
- 風速の推測と、風速を考慮した WBGT 算出式
あるいは、補正する前の初期値や比較対象として Ver.3 の換算表を使用する方法もあるでしょう。Ver.3 の環境条件は不明とはいえ、一定の検証のもと作成された換算表だからです。
なお、すでに運用している簡易型測定器やラズベリーパイの疑似 WBGT の換算表や係数については、運用に支障が出ていない限り、変更しない方が良いでしょう。むしろ、指針改定の意図を理解し、この機会に再検証してみると良いでしょう。
検証について ※注意事項
実際に使用される場合は、十分に検証を行ってください。
当方はこれらの使用に関して一切の責任を負いません。
換算式 Ver.4、Ver.4 wide は室内専用です。室内、日射なし、風速0.2 m/sの条件が付与されており、それ以外の条件の環境下で使用することは出来ません。
換算式 Ver.3、Ver.3 wideも屋内用です。屋外では日射による温度指数の上昇や風による減少が生じると考えられます。このため、屋外で使用する際は、慎重な検証が必要です。
(参考) 関連資料・参考文献
下記に関連資料と参考文献をまとめました。
指針Ver.3を使った換算式の詳細(当方ブログ):
https://bokunimo.net/blog/ichigo-jam/29/
ソフトウェアの情報(英文・GitHub Pages):
https://git.bokunimo.com/wbgt/
SHT31を使った不快指数(福野泰介の一日一創):
http://fukuno.jig.jp/2209
日本生気象学会「日常生活における熱中症予防指針」Ver.4
https://seikishou.jp/cms/wp-content/uploads/20220523-v4.pdf
日本生気象学会「日常生活における熱中症予防指針」Ver.3 確定版
http://seikishou.jp/pdf/news/shishin.pdf (リンク切れ)
日本生気象学会雑誌 50(4):147-157, 2014
通常観測気象要素を用いたWBGTの推定
国立環境研究所・環境健康研究センター 小野 雅司, 気象業務支援センター 登内 道彦
https://www.jstage.jst.go.jp/…/seikisho/50/4/50_147/_pdf (リンク切れ)
「Raspberry Pi で 暑さ指数 WBGT その2:指針 Ver.4」への2件の返信
[…] Raspberry Pi で 暑さ指数 WBGT その2:指針 Ver.4 […]
[…] その2に続きます。 […]