目次
おさらい
暑さ指数 WBGT は、単位が温度と同じ℃なので、体感温度として直感的に分かりやすい指標です。
これまでは湿度を考慮した推定 WBGT について説明しました。Raspberry Pi で模擬 WBGT を算出する方法については、第1回目の下記の記事を参照ください。
ご注意
本稿は筆者による想定や独自の解釈が含まれています。主にインターネットにて調べた内容に基づいていますが、誤った内容が含まれている可能性があります。ご指摘いただいた場合は、訂正や加筆いたしますが、それ以上の責任は負いません。
予めご容赦いただき、十分に検証してから、ご活用ください。
日射による熱中症への影響
気温や湿度が熱中症を引き起こすのに加えて、強い日射も熱中症や日射病を引き起こします。しかも、人体に照射された日射による影響と、日射で上昇した気温による人体への影響が、合算される点にも注意が必要です。
気温上昇が人体に及ぼす影響は、仮に気温が28℃だったとしても36℃の人体から考えると8℃も低い値です。つまり我々人間の消費エネルギーの逃げ場が無くなって発症します。
一方、日光の照射エネルギーは、照度と照射時間の両方に比例し、照射が続く限り増え続けます。温熱ヒーターで人体が熱せられているのと同様です。また、短時間の照射では身体に影響がない点で見落としがちです。照射が続く限り、外部からエネルギーが与えられ続けている点が脅威になります。
仮にクーラーが効いていている室温27℃の部屋であったとしても、日光の照射が30分、60分と継続するにつれてエネルギーが増え続けます。そして、体温調整ができなくなると、体温が照射時間とともに37℃、38℃、、、と上昇し続け、日射病、熱射病にかかってしまうのです。
日射による WBGT 値への影響
WBGTは、以下のように、日射があるときと日射がないときとで、算出式が異なります。
日射があるとき(屋外など):
WBGT = 0.7×Tnw + 0.2×Tg(0.15)+0.1×Ta
日射がないとき(室内など):
WBGT = 0.7×Tnw + 0.3×Tg(0.15)
Tnw :近似換算された自然湿球温度(℃)
Tg(0.15):直径150 mm黒球温度(℃)
Ta:人体周辺の空気温度(℃)
参考文献:日本産業規格 JIS B 7922:2017
湿球温度Tnwの係数は同じですが、黒球温度Tg(0.15)係数と気温Taの係数が異なります。日射がない室内のほうが、寄与度が1.5倍も高くなっている点に注意が必要です。
コラム:室内の黒球温度の寄与度が高い理由を考えてみた
黒球温度Tg(0.15)は、屋外では日射によって黒球が温められ、周辺温度Taよりも高くなります。室内で黒球温度Tg(0.15)の寄与度を1.5倍になるのは、室内の風量が少ないことや、壁面などで光が乱反射することにより人体の全方向から光の照射があることなどが考慮されていると推測されます(根拠は未確認)。
光照射にともなう 推定WGBT 値の補正方法
温度と湿度から推定した WBGT には、光照射が考慮されていません。また、光照射は湿度とは別経路なので、光照射による影響度を温湿度推定 WBGT に加算して補正できると考えました。
本稿の推定WBGT値 = 温湿度推定WBGT + 光照射の影響度
計算に使用する模擬人体モデル
光照射の影響度は、人体の各部における照度値、面積、質量、熱伝導率などから、各部を結合して求めることができると思います。しかし、人体の形状が複雑なので、それらを組み合わせて計算するのは容易ではありません。また、人体各部の照度を測定することも出来ません。
そこで、本稿では頭部のみ、中身が均一な球体の物体を模擬人体モデル(ファントム)として計算します。かなり乱暴ですが、熱中症に直接影響する部位なので、桁違いの齟齬は出ないと考えました。また、頭部以外の部位の多くは衣服を着用しており、照射の影響は人体の質量に対して小さいと想定しました。
以下に本稿で使用する模擬人体モデル(ファントム)のパラメータを示します。
模擬人体パラメータ | 値 | 単位 |
人体の形状 | 頭部を想定した球体 | – |
人体(頭部)の大きさ 2πr | 0.58 | m |
人体(頭部)の重さ W | 5 | kg |
光透過率 T | 80 | % |
水分量 u | 55 | % |
日光の照射電力
平均的な頭部の大きさ2πr=0.58(m)です。
室内では、壁面などでの反射によって全方向すなわち球の表面積に対して照射されます。しかし、窓側からの照度が高い点、髪の毛で覆われている部分が多い点などを考え、本稿では半径rの円の面積πr2(m2)に照射されるものとします。
円面に、照度L(lx)の555nmの光が照射したときの電力は以下のようになります。
光電力P555(W) = 1.46×10-3(W/m2) × 照度L(lx) × πr2(m2)
ところが、照度は下図のような人の目の感度に調整されています。555nmにおける変換係数 1.46×10-3 (W/m2) は、このグラフの頂上となる部分です。一方、日光は400~700nmの範囲では(ほぼ)一定なので、同じ照度値であっても実際の光電力は光電力P555よりも高くなります。
ここで、どのくらい高くなるかを考えてみました。上図から400~700nmの区間の約半分の区間で、視感度が約半分になっています。また両サイドとも直線的に変化していますが、縦軸は対数なので、急速に視感度が下がっていることも分かります。これらの様子から、白色光の場合の係数は約2倍になることが推測できます。
さらに日光にはより波長の長い赤外線などの可視光以外の電磁波が含まれています。赤外線や遠赤外線が熱線として人体を温めやすいこともあり、無視できない電磁波です。
下図など、複数のサイトの情報から日光には可視光と同程度の電磁波が含まれているようなので、係数をさらに2倍にします。
以上から照度からの変換係数は、2倍 × 2倍 × 1.46×10-3 ≒ 6 (W/m2) となることから、下式を用いることにしました。
光電力PSUN(W) = 6×10-3(W/m2) × 照度L(lx) × πr2(m2)
日光の想定照射時間
前述のとおり、日光の照射はヒーターのように人体を熱し続けます。日光が照射された円形面の温度も、照射時間に比例して増大します。ここで照射時間が重要になりますが、既に照射された時間を知ることは難しいでしょう。
本稿では、室内環境を想定し、1.5時間とします。その根拠は、以下のとおりです。
- 日光の方向は3時間程度で変化し、すでに経過した時間の平均値は、その半分である
- 時間平均するのは、実際に照射が始まった時点(体温の上昇が未だない)では体感温度よりも高くなりすぎるため
- システムなどからの警告が発生してから3時間も同じ環境に定在しないこと
- 過度な警告により、警告発生に対して正常性バイアス(警報に対する慣れ)が強くなり、システムの効果が薄れる
日射による模擬人体の温度上昇
想定した疑似人体モデルに光電力PSUN(W)を1.5時間与え続けた場合の温度上昇は、下式で表せると考えました。
温度上昇Td = T×PSUN(W) × 1.5×3600(秒) ÷ W(kg) ÷ 比熱
比熱(J/kg℃) = 4184 × (0.37 + 0.63u)
質量W=5(kg)
透過率T=80(%)
水分量u=55(%)
なお、比熱は参考文献「エンジニアズブック(兵神装備株式会社)」の「食品の比熱」に記載の式を使用します。
上式より温度上昇Td は、光電力PSUN(W)に正比例します。
しかし、照度の感じ方は対数的なので、片対数グラフで示すと以下のようになりました。
照度 1000(lx) 以下では、ほとんど影響がなく、照度 10000(lx) を超えると急速に温度が上がることが分かります。
下図は、大阪市立科学館「こよみハンドブック」の「照度と明るさの目安」の一部を引用した図です。
本表から、照度 1,000(lx) を超えるのは屋外に限定されるように見えますが、窓から日射が入ると、曇天の午前10時でも 25,000(lx) に急増する点に注意が必要です。
照度から温度上昇への変換係数
本稿の公開時点での変換係数は以下のとおりです。
温度上昇Td = 0.0000463 × 照度L(lx)
但し、予告なく変更する場合がありますので、上式は検算用や、他の推定方法との比較用に使用してください。
補正部の Python コード
以上の内容を Python コードにすると、以下のようになります。
temp = 0. # 温度値
hum = 0. # 湿度値
lux = 0. # 照度値
# 照度補正前のWBGT
wbgt = 0.725 * temp + 0.0368 * hum + 0.00364 * temp * hum - 3.246
pi = 3.1415927 # 円周率
phantom_s = (0.58 / (2*pi))**2 * pi # 照射面積(m2)
Psun_w = 6e-3 * lux * phantom_s # 光電力
delta = 0.8 * Psun_w * 1.5 * 3600 / 5 / (4184 * (0.37 + 0.63 * 0.55))
# 照度の影響分をWBGTに加算
wbgt_lum = wbgt + delta
print(", WBGT = %.2f ℃" % wbgt, end='')
print(", WBGT_lum = %.2f ℃" % wbgt_lum)
ハードウェアの製作方法
ハードウェアは、Raspberry Pi に M5Stack Technology 製 の照度センサ DLight Unit と 温度・湿度センサ ENV II/III Unit を接続して製作します。
下図は回路の一例です。I2CインタフェースのSDA信号とSCL信号を、各センサに接続します。
I2Cインタフェース設定方法やソフトウェアの実行方法などは、下記の第1回目の記事をお読みください。違いは、センサが2つになる点と、wbgt.pyがwbgt_lum.pyになる点です。
第1回目の記事:
https://bokunimo.net/blog/raspberry-pi/4721/
ソフトウェアのダウンロード
Raspberry Pi 用の Python プログラムをダウンロードします。
上記の過去の記事と同様に、Raspberry Pi 上で LXTerminal を起動し、下記のコマンドを入力してください。
$ git clone https://bokunimo.net/git/wbgt/ ⏎
下記で、該当のスクリプトを確認することも出来ます。
照度対応 WBGT 計算 Python スクリプト:
https://github.com/bokunimowakaru/wbgt/blob/master/raspi/wbgt_lum.py
下記のコマンドを入力すると実行できます。
$ cd wbgt/raspi ⏎
$ ./wbgt_lum.py ⏎
実行結果の一例
下記に実行結果の一例を示します。照度の高い Ilum.=53420 (lx) のときに通常の WBGT に比べて 2.5℃ ほど高くなることが確認できました。
実行例(一部修正)
Ilum.=12854 lx, WBGT=27.95 ℃, WBGT_lum=28.55 ℃
Ilum.=53420 lx, WBGT=27.95 ℃, WBGT_lum=30.42 ℃
Ilum.=17812 lx, WBGT=27.96 ℃, WBGT_lum=28.78 ℃
Ilum.=3169 lx, WBGT=27.93 ℃, WBGT_lum=28.08 ℃
Ilum.=7770 lx, WBGT=27.99 ℃, WBGT_lum=28.35 ℃
Ilum.=4394 lx, WBGT=28.03 ℃, WBGT_lum=28.23 ℃
お願い
本件に関して問題点、改良点、検証結果などがありましたら、ぜひコメント欄から知らせていただきたくお願いします。そういった情報が本記事を読まれた方々にも役立つと思います。曖昧な情報でも結構です。
何卒、
by bokunimo.net